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欧州分断の克服―外交現場からの手記

欧州分断の克服―外交現場からの手記

戦後欧州分断克服の道のりを書き記す

著者 稲川 照芳
ジャンル 法律  > 国際法/国際関係/国際私法
出版年月日 2011/11/15
ISBN 9784797225938
判型・ページ数 新書・206ページ
定価 本体1,400円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

Ⅰ 欧州分断の克服 ――戦後の冷戦とその克服、ドイツ・中欧諸国の貢献
 一 プロローグ ――第二次世界大戦前夜
  (1) ドイツのオーストリア併合/(2) ズデーテン地方の割譲とチェコスロヴァキアの解体/(3) ハンガリー占領/
  (4) 独ソ不可侵条約から第二次世界大戦勃発へ
 二 戦後(西)ドイツの初代首相コンラート・アデナウアーの政策
  (1) フランスとの和解への努力/(2) ドイツ連邦共和国(西ドイツ)の成立/(3) 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の成立/
  (4) 欧州防衛共同体(EVG)構想の挫折/(5) ドイツ連邦共和国の主権回復と西側への統合
 三 西ドイツ内外の新しい潮流
  (1) オーストリアの主権回復/(2) 西ドイツとソ連の外交関係の樹立/(3) 東ベルリンにおける暴動/
  (4) ポーランド・ポズナン争議とハンガリー革命/(5) ベルリンの壁構築/(6) キューバ危機と米ソ間緊張緩和/
  (7) 西ドイツの内政上の変化 ――ゴーデスベルク綱領の採択
 四 アデナウアー外交の限界とその評価
  (1) エリゼー条約の調印(28)  (2) ソ連の対欧州政策とアデナウアーの対ソ政策(30)
 五 東方外交への萌芽 ――エアハルト内閣の外交
 六 CDU/CSUとSPDの大連立政権の時代
  (1) 大連立政権の東方政策/(2) 大連立政権の同盟政策/(3) チェコスロヴァキアへのワルシャワ条約軍の侵入/
  (4) 大連立の問題点 ――議会外野党(APO)の活発化
 七 SPD(ブラント首相)とFDP(シェール外相)連立政権の時代
  (1) モスクワ条約/(2) ワルシャワ条約/(3) チェコスロヴァキアとの条約/(4) 西ベルリンに関する四カ国協定/
  (5) 東西両独間基本条約/(6) 欧州安全保障協力会議の準備会合/(7) その他
 八 シュミット首相(SPD)の時代
  (1) 欧州安全保障協力会議(CSCE)/(2) 「秋のドイツ」 ――テロとの戦いと法治国家の守り/
  (3) NATOの二重決定 ――反核運動との戦い、「緑の党」の誕生/(4) 冷戦への後戻り
 九 コール政権の誕生と一九八七年九月までの東西ドイツの状況
  (1) 東西両ドイツの接近/(2) 東ドイツのこと
 一〇 中東欧の新しい動き ―ポーランド自主管理労組「連帯」結成と戒厳令布告
 一一 「ベルリンの壁」崩壊への前奏曲
  (1) ゴルバチョフ・ソ連書記長の登場とソ連の改革/(2) 中東欧諸国の動き ――歴史的な一九八九年秋の「ベルリンの壁」崩壊を中心に
 一二 ドイツ統一
  (1) コール首相の一〇項目提案/(2) ドイツ統一の外的側面/(3) ドイツ統一の内的側面
 一三 チェコスロヴァキアの「ビロード革命」
 一四 欧州統合の進展
 一五 エピローグ ――ドイツ統一と革命後の中東欧の動き
  (1) NATOの変質とワルシャワ条約機構の消滅/(2) EUのその後の発展/(3) 東西ドイツ地域住民の融合
おわりに
〈年 表〉

Ⅱ ベルリン首都移転の意味するもの
 一 ベルリン総領事館の五五年間
 二 「ボン共和国」から「ベルリン共和国」へ
 三 ドイツ外交の新しい機軸
 四 中欧の目指すもの
 五 ロシアの重要性
 六 中欧の将来
 七 日本の中欧における役割

Ⅲ ラ・プラタ海戦記 ――独小型戦艦アドミラル・グラーフ・フォン・シュペー号の最期

Ⅳ 中欧散文
 一 ハンガリーのEU加盟
 二 中欧の復権
 三 中欧への道:三十年戦争
 四 「マリーエン・バートの悲歌」
 五 「ドン・ジョヴァンニ」
 六 「マイヤーリンク」とハンガリー

Ⅴ 西ドイツ留学、外交官として各在勤地で思ったこと
 一 フライブルク留学時代
 二 チュービンゲン大学の学生時代
 三 (西)ベルリン総領事館時代
 四 ボン大使館一等書記官時代
 五 プラハ時代
 六 オーストリア時代
 七 ボン大使館公使時代
 八 デュッセルドルフ総領事時代
 九 ベルリン総領事時代
 一〇 ウルグアイ大使時代
 一一 ハンガリー大使時代
 一二 現在思うこと

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内容説明

2006年10月23日、ハンガリー革命50周年を迎えた日、私は、日本政府を代表して、ハンガリー革命の犠牲者で処刑された当時のハンガリー首相イムレ・ナジの墓前にお参りし、花輪をささげた。ドイツに5度にわたって勤務し、オーストリア、ハンガリー等にも勤務した。日本人外交官としては希有な経験をもとに戦後の分断を克服して欧州へ復帰した中欧諸国の道のりを書き記しておくことにした。

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